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レンゲ日記


レンゲ日記のこえ

労働者たちは、より多くの食肉を必要とした。
イギリスには羊肉をたべる長い伝統があったが、幅広い階層の人びとの要求を十分には満足させられなかった。
ところが、工業化が進むにつれて、労働者階級はますますお金を持つようにった。
それで、国内の牛肉や豚肉の生産はとても需要に追いつけないし・羊毛用に響されをツジは、たいていは脂肪ばかりで、蚕当たりたうた二七-三六言グラムの食肉を供給するに過ぎなかった。
したがって、先見の明のあるイずスの嚢は、食肉用ヒツジの品種改良にのりだしたのである。
レスターシャー州のペークウェルという飼育業者は、一七七五年から一七九〇年までこの間題に取り組んで、リンカーン種、ライランド種やティースウォーター種のヒッジをかけ合わせた。
遺伝の法則にかんする知識は、まだまったく自己流であったが、かれはこの動物を「まるでヒツジがやわらかい粘土であるかのように」(リヒアルト・クレット)こねあげてつくった。
ついにかれは品種をつくりあげて、自分の名前をつけたけれど、最終的にはべークウユル種はディシュレー種として知られるようになった。
このヒツジは、骨組みが軽いことと、脂肪にくらぺて赤身の肉の割合が多いことに特徴があった。
この品種はあきらかにすぐれており、その需要は急速に増加していった。
ご七八〇年にぺークウェルは・かれの雄ヒッジの殲付け料とし三〇ざ〒を課した。
マトンの品質と数量はいちじるしく上向き、イギリスの飼養種は、世界中で好評を博すようになった。


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