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秋のみのり


これ秋のはな

直幹型盆栽を考える。
 杉・檜に代表される直幹型盆栽を、どう考えれば良いかの問題はここから始まる。
●直立性樹種は、枝が四方に平等にあるのが原則である。
 日本には古来5月5日を端午の節句とし、鯉のぼりを立てる風習がある。
このときに使う「のぽり竿」には、多くは杉か檜を使うが、その材料を切りに山に入ったとき、慣れている者ならば、幹だけがまっすぐである他に、枝が四方に満遍なくあるかどうかを見定める。
これは、枝が四方に満遍なく張っていない木は、一件まっすぐのように見えても、切って枝を払って見ると、以外や幹は曲がっているのである。
 枝が片方に多くあるようなときは、幹はその枝の重力に耐えながら、なお幹を垂直に保とうとしている。
だから枝を払って、その重力が失われると、重力に耐えようとしていたときの力のみが残るから、幹は枝のたくさんあった反対側に反ってしまうのである。
 この直立性樹種の性質は、直接的には盆栽と関係はないように見られるが、究極的には非常に重要な意味を持っているのである。
●盆栽と花弁の鑑賞要点の違い。
 一つの樹種いわんや植物で、盆栽にも花弁にも両方に多く用いられるものと言えば、その代表的なものは「サツキ」であろう。
したがって、 ここでは、「サツキ」を例にとって述べて見たい。
 まず、花弄として見る「サツキ」についてその考え方を見よう。
この場合、何といっても最も重要なのものは、花の美しさである。
次は葉の美しさである。
葉に病害虫があるかないかも、この部門で見きわめる。
次は、花の量である。
いくら美しい花でも一輪では仕がない。
全体に平等に、たくさんの花があるかどうかは大切なことである。
根張りや、幹の状況は余りと言うか、ほとんどといっていいほど重視はしない。
 これがだいたいの審査に望む考え方の基本である。
 次ぎに、盆栽として「サツキ」を見る場合について考えて見よう。
最も重視するのは、幹の状態である。
この場合は幹の状態とは、根張りや、立ち上がり、曲の良否を含んだものである。
次ぎは、枝の状態である。
好ましく枝が配置されているかどうかなど。
つぎに病害虫の有無、培養の良否、鉢への持ちこみなどが次ぎに位置する。
つぎに花季の審査では、もちろん花の良否も重要であるが、この場合花弄と最も違うのは、単なる美しさと言うより、どの位置にどんな芸の花が存在するかの方を重視する。
 これが「サツキ」の審査の花弁と盆栽のちがう基本的な要点である。
こうして、二つの部門の審査基準をあわせ考えると、最も違うのは、幹をどの程度重視するか、しないかにある、と言っても過言ではない。
この、幹の重視の程度の問題が、直幹型盆栽の表裏を決めるに重要な意味を持つのである。
 直立性樹種については始めに述べたように、枝が四方に満遍なくあるのが本来である。
そして、枝が四方に満遍なくあれば、その枝葉にジャマされて幹は見え難いのが当然であ一方盆栽として、直立性樹種を見るときは、幹の様子を見たいし、幹の様子が見えなければ、盆栽的価値は生まれてこない。
問題はこの矛盾する二つの条件の解決にある。
始めに、直立性樹種は四方に満遍なく枝があるのが本来と述べたが、その四方の枝も、絶対平等ではないはずである。
こうした場合、盆栽であったら、それを回転して見ることが出来るから、四方八方から見て、幹が一番良く見えるところを表とすれば良い。
つぎは根張り立ち上がりである。
枝が四方にある樹木は、だいたい根も四方に同じようにあるのが普通であるが、これとても絶対ではなく、回転させて見るうちに、主力の根が、斜め手前左右にあって、「横幅を広く感じさせる」ところがあれば、そこを表にすれば良いのである。
このように、理論的には、枝の状況を見て、次ぎに根張り立ち上がりの状 況をみることになる。
しかし、実際的には枝は取り払いが可能であるけれど、根の方は取り払いや、付け加えが簡単には出来ないから、まず根の状況を見て表を決め、それに見合うよう技を整理するのが実務である。
カンタンなようで難しい。
それが直幹だ。

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