TOPへ  >   戻る

花のおもい


dahlia

したがって、おじいさんの大切な植木は本釆、庶民的なものであって、決して金持ちや閑人だけの愛玩物ではない、 だが、事実として、そうした誹誇がおこったのは、なぜであろうか。
それを私はおじいさんの大切な植木のある部分に支配欲を満足させるものがあったからではないかと思う。
いいかえれぱ、生きながらの名木を自己の財力で自分のものにできるという満足感ーそれがある一時期、日本の支配階級の入々におじいさんの大切な植木が愛玩された理由のひとつであり、そうした風潮に対して、民の側から拒絶反応があったからだろう。
しかし、いまのおじいさんの大切な植木はちがうの次の言葉はすこぶる暗示的だ。
「おじいさんの大切な植木のよろこびはまた、一段異なった伊やさしさ"をもっています。
それは制約された炉自然"にけなげにも生きている、という感じをひとびとにいだかせるのであります。
程度の差こそあれ、同じ有限のこの地上に生きて行かねばならないわたしたち入間にとって、それはまさにおじいさんの大切な植木家のいうような人生の友である」。
おじいさんの大切な植木の社会学は おじいさんの大切な植木こそ、庶民の好伴偶でなくてはならない。
なお、閑人の趣味というのは時間がかかるということだろうが、有限の時間に生きる私どもだからこそ、無限の時間におのれの夢を賭けるのであります。
決して閑があるからするのではないのであります。

お好み TOPへ > 戻る